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2017/01/09

SATOメソッド誕生秘話

 1980年代後半に私はイメージトレーニングを勉強する機会を得ました。私自身の心身の安定の為はもちろんのこと、職場の人間関係にも役に立てたいと約3年間東京に定期的に上京しました。(当時は福島県浪江町から通っていました)

 SATOメソッドが誕生したのは1990年に数回目のイメージトレーニングのときでした。2人1組で、送り手がイメージしたことを受け手が同じ映像が浮かんでくるかのトレーニングでした。、

 私が受け手になるときは全く映像が浮かんできませんでしたが、相手の方が受け手になった時は映像が浮かんできました。私より感受性がとても高い人だと思いました。

 そこで驚いたことが起きました。私がイメージした内容が映像として浮かんだあとに会場の上空から見ている場面に変わったのです。相手の方は驚きと同時に緊張して我に戻ったといいます。

 主催者側としてはこのようなことは初めてだといい、基本であるイメージトレーニングに何らかの情報が入り、このようなことが起きたのではないかとの説明でした。

 次なる驚きは、自宅に戻ってから当時小学生だった息子に同じような方法でイメージしたところ、息子は学習したこともないのに会場で起きたことと同じことが起きました。

 これはイメージトレーニングの技法の他に別の力が働いていることを確信し、様々な資料を調べた結果、体外離脱現象にとても似ていると思いました。そのあとに息子に協力してもらいながら何度も試してみました。

 そして、イメージトレーニングの技法を使わずとも家の中にある写真や風景画などを傍において意識しただけで息子は写真や絵の世界に入っていくことに気づきました。スピリチュアル系の音楽にも入っていきました。

 ほかに過去や未来、郷里に移動したり、体の中に入ってみたり、歴史に遡ってみたり、地球の外に出たり、息子が認識できる範囲内で様々なことを試してみました。

 次第に息子には私の背後にいる高次な存在をも見えてきました。これは脳内のメカニズム以外の大きな力が働いていると実感しました。

 興味深いのは、私自身に映像が浮かんでくるのではなく、相手の方に創出させる、いわば能動的な才能を授けられたのではないかと思いました。

 以降、翌年の1991年には長年勤めていた会社を退職し、この世に生まれた使命を感じながら第二の人生を歩もうと思いました。この決断は妻と息子の協力がなかったら実現できなかったし、脱サラはできなかったと思います。

 SATOメソッドが誕生して、脱サラして約25年経ちました。3年前に「浄化・再生モード」が誕生してからは日々インフレーションが起きているような気がします。これからも科学と調和をとりながら進化していきたいと思っています。

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